エンディングノートは売切れ、販売終了

最期まで自分らしく生きる 終活のすすめ


長生きがリスクとなるかもしれない時代~
これからの「不安」を「安心」に変えるために
老後資金、介護、老人ホーム、財産管理、遺言書、尊厳死の宣言書、葬儀・お墓・・・
気力・体力があるうちに始める「自分始末」の準備

著者:丸山学
出版社:同文館出版
価格:1,300円(税別)
産経新聞の記事を読むアマゾンで購入する



 目次

プロローグ
1章 「老後資金の計算」 ~いったい、いくら必要なのか?

        「長生き」こそが最大のリスク?
        計算方法は意外に簡単
        国民年金しかかけていない単身者の場合を基準に考える
        基本モデルはこれだ!
        厚生年金の場合には金額が異なってくる
        夫婦の場合には収入もプラス、経費もプラス
        自営業者の場合には60歳以上まで働くことを考える
        老後には不意の出費もある
        資金が足りない時の切り札は?
        もし、老後資金が尽きたらどうなるのか?
        子供に残す金額をコントロールする

2章 「介護」「老人ホーム」 ~老後の20年を快適に過ごす知恵
        明日、あなたに訪れる介護問題
        要介護状態になった時の「夢」を決めておく
        介護する側は「頑張りすぎない」に尽きる
        介護保険サービスを受けるには?
        利用者の負担はどれくらい?
        ややこしい「在宅サービス」と「施設サービス」の定義
        有料老人ホーム・特養・グループホーム ~この違いがわからなければ老後を計画できない
        各施設の入居にかかる費用はどれくらい?
        有料老人ホームの「入居一時金」「初期償却率」「償却期間」を把握する
        老後の20年を不快に過ごさないために

3章 「保険」「年金」 ~今見直せば節約したお金を老後資金に回せる
        自分の保険を「仕分け」する
        「終身保険」と「定期保険」
        低保険料のネット生保はどうなのか?
        サラリーマンのいちばんの不安は働けなくなること
        老後資金に余裕がなければ生前にもらえる保険金にしたい
        「どうせ年金制度は破綻するから払わない」は大失敗のもと!
        こんな人が危ない!年金漏れを防ぐのが最初の一歩
        自営業者は法人化して厚生年金に加入するのも一手
        加入期間の満たし方
        老齢年金はいくらもらえるの?
        「長生きリスク」を消すには個人年金

4章 「財産管理」「成年後見制度」「尊厳死の宣言書」 
     ~心身の自由が利かなくなっても自分らしく生きる

       自分の心身をコントロールできなくなる日
       財産管理は誰に任せるべきか?
       「成年後見人」って何をしてくれる人?
       法定後見と任意後見の違いは?
       任意後見契約ではどんなことを決めておくのか?
       尊厳死は本人の問題だけではない
       本当に尊厳死を望みますか?
       尊厳死の宣言書の書き方

5章 「遺言書」「エンディングノート」 ~正しく作れば死後の評価も上々!
       最後の「自分始末」
       「ありがとう」の一言はすべての傷を癒す
       遺言書でできること
       自筆証書遺言を作る際の注意点
       特定の人に財産を多く残したい場合
       「付言事項」を書こう
       法律以外のことも書けるラストメッセージ
       負債の情報はしっかりと記入しておく
       葬儀・お墓の希望も明確に
       「終活」は意外に忙しい

巻末付録 エンディングノート


 プロローグ

 平成23年3月11日午後2時46分。日本人にとって忘れ得ぬ日となったこの瞬間、あなたはどこにいらっしゃいましたか?
 私は仕事で調べ物があり、東京永田町の国会図書館で地下1階への階段を下りている途中でした。突然、ゴーッという建物の外を強風が吹き抜けるような音が聞こえてきて、足元の階段が揺れ出しました。
 一瞬、強風で建物が揺らされているのかと思いましたが、次の瞬間にはまさか国会図書館のような堅強な建物が風でこれほど揺れるはずがないと気づき、大きな地震だと認識しました。
 慌てて1階に戻ると、利用者が皆、机の下に入って悲鳴をあげていました。
 私もすぐに机の下に潜り込むと、館内放送が流れ始めました。
「この建物は安全です。外に出ると危険ですので、このままとどまってください」
 その放送を聞いて少し安心したのも束の間、次の瞬間には火災警報器が鳴り響き、6階(食堂がある階です)から出火した模様だとの館内放送が流れました。
 後に火災警報器は誤作動であったとの知らせに皆、落ち着きを取り戻しましたが、まさに「このまま死ぬのかな」と、妙に冷静に頭によぎった瞬間でした。

 この日、首都圏の電車は壊滅状態で、国会図書館の閉館時間になっても動き出してくれませんでした。
 夜になり、仕方なく外に出てみますと永田町周辺は人と車で溢れかえっていました。見たこともない光景が図書館の外に広がっていたのです。
 車は大渋滞で全く動かないまま数珠つなぎになっています。歩道に溢れかえる人々は、目的地があるのかないのか皆、ひたすら歩き続けています。
 私も、どこに行くという当てがあるわけでもないのに、なぜかその人の波と一緒に歩き続けました。埼玉県所沢市にある事務所や家まで歩けるものだろうか? などと、ぼんやり考えながら黙々と人の波に流されていました。
 コンビニやファーストフードの店は早々に「閉店」の貼り紙を出し、どこかに入って落ち着くこともできません。携帯電話でホテルを検索して電話をかけても全くつながりません。宿泊はとても無理なことは明らかでした。
 やがて、ポツポツと雨も落ちてきて、歩きながらもこれはどうにかしなければと思い始めていた時、ホテルニューオータニの1階にあるショッピングモールの灯りに吸い寄せられるようにして入っていきました。
 既に何人かの人がショッピングモールの廊下に座り込んでいます。
 私もそれに倣い、壁にもたれかかれる一角に腰を下ろしました。
 先ほどらい携帯電話でネット情報を見続けていた影響で、電池切れも間近になり情報を取得することさえ叶わなくなりつつありました。
 しかし、このように偶然に腰を落ち着けた場所が高級ホテルで非常にラッキーでした。やがて、ホテルのほうで避難者に毛布や水も配ってくださいました。
 6階にあるロビーには椅子もあるし、テレビもあるとのことで(エレベーターは既に停止していたので)、階段を歩いてロビーまでたどり着きました。
 そこで初めてテレビを見ることができました。そして、テレビを見た私の目に飛び込んできたのは、炎に包まれる気仙沼の惨状と、「仙台市若林区に200人の遺体があるとの情報です」と、繰り返し叫ぶアナウンサーの声でした。
 それまで、「いやあ、今日はひどい目に遭ったなあ」などと思っていた私でしたが、毛布にくるまって暖かい場所でテレビを見られている自分の置かれた状況など全く幸せであると初めて悟ったのでした。
 その後の東北を中心とした東日本が置かれた過酷な状況は、改めて記すまでもありません。

 翌朝、電車が動き出し、自宅に無事に帰ることができました。
 私は自宅のある埼玉県所沢市内で行政書士事務所を経営していますので、すぐに事務所にも出向き事務所内の無事も確認しました。
 おそらくは日本人のほとんどがそうであったように、そこからの1週間を呆然として過ごしました。
 事務所に出勤はするものの、計画停電の影響などもあり、仕事に身も入りません。
 震災の日から1週間は、仕事関連の人とお互いに無事を確認するもの以外、事務所の電話は全く鳴りませんでした。
「これはしばらくの間、事務所の売上も全くなくなるかもしれないな・・・・・・」
 そう覚悟をして、とりあえず溜まっている仕事の処理に専念することに決めたのですが、地震からちょうど1週間経った日から急に事務所の電話が鳴るようになりました。
 それは、当事務所が製作・販売している「エンディングノート」を注文する電話だったのです。

◆東日本大震災の直後から「エンディングノート」の購入者が増え出した

 「遺言書」の存在は多くの方がご存じだと思います。遺言書は、「自分の財産を誰にどれだけ相続させるか」などといった法律的なメッセージを記載するものです。
 しかし、自分が終末期に意思表示ができない状態になった時、そして死亡した後には、そうした財産分与といった法的なことだけではなく、「無理な延命治療はしないでほしい」「葬儀には誰を呼んでほしい」「お墓はここに入れてほしい」といったように伝えたいさまざまな事項が存在します。
 また、生前には伝えられなかった家族への最後のメッセージ。自分の財産(あるいは負債)はどこにどのようなものがあるかといった実務的な連絡事項というものも存在します。
 そうした、遺言書では表せない法的なこと以外の最後のメッセージを綴るのがこの「エンディングノート」なのです。
 ちなみに、当事務所が製作しているこのエンディングノートの内容を本書の最後で特別に公開していますので、ぜひ、自分ならどのようなメッセージを書き込むだろうか? ということを考えてみてください。シンプルな内容ですが、実に多くの事柄について残すべきメッセージがあることに気づくと思います。

 このエンディングノートですが、震災の前には1週間に1〜2冊お申込みをいただくという程度のものでしたが、震災から1週間が経過し、世の中が少し落ち着きを取り戻した途端に事務所の電話が鳴り始め、このエンディングノートが1日に複数の方からお申込みをいただくようになったのです。なかにはお一人で何冊も購入される方もいらっしゃいます。
 この時、ちょうど私は行政書士として「終活」というテーマで本格的に活動を始めたところでした。
「終活」とは、人生の終わりに向けて前向きに準備を進めるその活動のことです。
 すぐに思い浮かぶのは、遺言書の作成ですが、それだけではなく終末期医療に対する自身の意思表明や介護施設の選択、心身の自由が失われた際の対処、年金・保険の見直し、そして、死後の葬儀や墓の問題まで、人の「死」の前後には実にさまざまな諸問題があります。そうした問題に対して判断能力の高いうちにきちんと始末をつけていこうとする試み全般を「終活」と呼ぶことができます。
 私が行政書士という資格で実務的に関われることは「遺言書作成」「尊厳死の宣言書の作成」「成年後見制度の契約書作成・後見人への就任」などですが、私は単にそうした書類作成のお手伝いをするだけでなく、「前向きに人生の最期を見つめて準備を進めよう」という考え方でさまざまな情報発信を始めていたところだったのです。
 しかし、今度の震災で世の中はしばらくそれどころではなく、この活動も事実上の開店休業状態を余儀なくされる~それも仕方ないことだな、などと覚悟していた矢先にエンディングノートの申込みが急増したのです。
 今回の震災を機に、多くの方がまさに「死」というものを改めて身近なものとして捉え、誰の身にも必ず訪れるものなのだと実感し、終活についてより一層、真剣に考えるようになったようなのです。

 これを執筆している現在は、既にあの地震から1カ月以上経過していますが、先ほどもまたエンディングノートをお申込みされる電話がきました。
 聞けば、九州の方で若い女性です。
 お若い方が珍しいなと思い、「差し支えなければエンディングノートにご興味を持たれた訳を教えていただけますか?」と、聞いてみました。
 すると、実は宮城県に住んでいるお父様のために購入されるとのことでした。
 幸い、お父様はご無事でしたが、家などはすべて流されてしまい避難所生活をされているそうです。娘さんは九州に避難することをすすめているそうですが、やはり長く住み続けた土地を離れる気にはなれないとのこと。
 しかし、今回のことでやはり自分もいつどうなるかはわからないと実感し、万一の時のために何か書き残せるものはないだろうかと娘さんに相談したそうなのです。それで娘さんがインターネットでそうした類のものを探していて、うちのエンディングノートが目に留まり、早速電話をしてくださったというわけでした。
 今回の震災は本当に悲しく、私も実際にボランティアをするために出向いた避難所の様子、そしてテレビ等での報道を目にするたびに、涙が込み上げてくるのを抑えきれないことがしばしばありました。
 それでも、私たちはこれからも強く生きていかなければなりません。
 しかし、その一方で人間の命の儚さや、必ず誰にも訪れる最期のことを考えなければいけないということも教えられました。

◆私に「終活」を意識させた父の病気と死

 さて、せっかくのご縁ですので少しだけ私自身の話をさせてください。
 前述の通り、私はこのたびの震災前からエンディングノートというものを製作し、「終活」というテーマで行政書士として活動をしてまいりました。
 私は40代ですから、まだそれほど「最期」ということを強く意識する年齢でもありません。しかし、なぜに「終活」ということをテーマに仕事をしているのかといえば、3年ほど前に亡くなった父親の病気が大きなきっかけなのです。

 私の手元に1冊のノートが遺されています。
 父親は「シャイ・ドレーガー症候群」という難病で亡くなりました。
 100万人に3人といわれる珍しい病気なのですが、簡単に説明してしまいますと、徐々に身体が動かなくなっていく病気です。何年か前に沢尻エリカさん主演で『1リットルの涙』というドラマが放送され話題になりました。
 その主人公の病気が脊髄小脳変性症というものであり、私の父が患ったシャイ・ドレーガー症候群もその病型の一種です。
 最初は、つまずいて倒れることが多くなるといったところから始まり、少しずつ言葉が発せなくなる。オシッコが膀胱に溜まっていながらもうまく出せなくなり苦しむ。
 やがて、手足が動かなくなってきて車椅子生活を余儀なくされる。
 無意識に涎が垂れる……声が出せなくなっていく……。
 先ほどのノートは、父がこの病気の終末期に病床で私の妻と筆談をするような形で書きつけたものです。もはや判読困難ではありますが、末尾の1行は、


                       父の筆談メモ(実物)

「命より大事」
 と、書かれています。
 これは、私の妻が「子供たち(私を含む)はかわいいでしょ?」と、問うた際に力を振り絞って書いてくれた文字です。
 その他、「大学は人に使われるために行くところか?」「(行って)よかった。でも違う道もある」などというようなことが書かれてもいます。
 これはまさに「エンディングノート」です。
 この病気で私がいちばん残酷だなと思ったのは、こうして身体機能がゆっくり失われてゆくのとは対照的に、頭は全くクリアなままである~という部分です。
 父は理系の技術者で、何事も論理的に考える人で、きっと自分の頭脳には相応の自信を持っていたはずです。
 こんなことを言うのは現在闘病中の方に大変失礼ではありますが、頭脳も病状に合わせて少しずつ衰えていって最後には判断能力もなくなっていくのであれば、そのほうが本人にとっては気楽なような気がして、私は当時、そうなることを願っていた部分もありました。
 しかし、現実にはプライドの高い父が排泄も人の力を借りざるを得ず、気づけば涎が垂れているという状態で頭脳だけは明晰なまま終末期を迎えました。
 いったい、終末期の父はどのような想いで過ごしていたのか? と、今でも気になって仕方ありません。
「人間、最後は人に迷惑をかけて、恥ずかしい姿もさらしながら生きるものだ」
 ~そんな悟りでも開けたのでしょうか? そういう気持ちになって、図々しく介護を受け続けてくれていたのだとしたら、私の気持ちも少し救われるのですが・・・・・・。
 余命は一般的に発症から7〜10年といわれています。
 実際、父もその通りの経過となりました。
 最後の3年間は正直、身体機能が失われつつも頭脳が明晰なままでいる父を直視するのがつらく、私は逃げ腰になっていた時期もありました。
 そんな闘病を続ける最中、父は急に呼吸不全を起こし心臓が停止しました。
 先に病院に駆けつけた妻から電話がありました。
「パパ(私のこと)が駆けつけるまで、心臓マッサージを続けておくこともできるそうだけど、どうする?」
 聞けば、それによって蘇生することはもうない。ただ、私が駆けつけるまで「生きている状態」を一応維持できるという話です。
 数秒間考えた後、私は「いや、もうマッサージは止めてあげて」と、答えていました。なぜかはわかりませんが、父親の身体にこれ以上負荷をかけるのはいけないような気がしたのです。
 私は火葬場で父親の骨を拾いながら突然に、「順番」という言葉が頭に浮かびました。
 自分の親が亡くなれば、当然に次は私の順番という当たり前の話です。
 この時、初めて「人間って本当に死ぬんだな。そして、それは自分も同じこと」と、実感しました。その時の私の年齢がちょうど40歳に達した時でしたので、「人生の折り返し地点に来た」という実感もまた「人間本当に死ぬんだな」という感覚に拍車をかけたのかもしれません。
 これが、私が「終活」をテーマにして行政書士として活動を行ない、こうした書籍を書かせていただくようになった大きな要因といえます。

◆自分のために生きてくれてこそ

 今回の震災でも日本人の「人を思いやる気持ち」がクローズアップされて、全世界でもニュースとして報じられました。
 自分自身が被災して大変な時でも秩序ある行動をとる(被災地では誰一人文句を言わず、水の配給を受けるために7~8時間も並び、朝4時からお店の前に列を作って整然と待ち続けていました)。津波の到来する中、「早く逃げてください」という放送を必死に続け、自身が津波に呑まれて亡くなった若い女性もいました。
 あの悲劇的な状況の中で、自分のことはさておき、他人のために行動した多くの名もなき人々が数多く存在していました。私は一人の日本人として、こうした「人を思いやる気持ち」を強く持つ自国を誇りに思います。

 前述の私の父親も、身体機能がほとんど失われる中、できるだけ財産を減らさずに家族に残すために最後まで「あっちの施設のほうが安くていいのではないか?」と、判読困難な文字で訴え続けていて、私は涙をこらえながら苦笑するしかありませんでした。
 被災地で避難所暮らしをされている父親のために「エンディングノート」を購入した娘さんの話を冒頭に書きましたが、そのお父様も、もしかしたら娘のところに世話になったら迷惑をかけるのではないかという想いがあるので、家も流された被災地で頑張っているのかもしれません。
 そうした気持ちに触れるたびに感動せざるを得ませんが、その一方でもう少し「自分のために生きてください」という気持ちも私の中にはあります。
 ただでさえ闘病生活を送ったり、身体機能が衰えてくる中で生活する老後というのは大変なものです。日本人の場合、いくら人に気遣うなと言っても無理そうですので、それはそれとして自分のことももっとかわいがってあげていただきたいのです。
 あなたが幸せであることこそが、実はそれを見守る家族の最大の幸せでもあります。
 特にこれからの時代、日本国は高度成長も望めず、少子化も避けられない。年金制度も破綻するかもしれない。それでいながら医療技術の発達で(いい部分ももちろんありながら)寿命は延び、「長生き」というものが思わぬリスクとなるかもしれない時代を迎えます。
 このような状況下で、まずはあなたの老後の幸せを十分に確保して享受していただきたいのです。それこそが、老後を見守る側の家族のいちばんの望みなのですから。
 これまでは残される家族のためにという意味合いで「生前準備」が語られることが多かったのですが、まず何より自分のために今後をきちんと計画していただきたいのです。

◆ 「家族のための生前準備」から「自分のための終活」へ

「自分のための終活」~これが本書の大きなテーマです。
「自分のための終活」を行なうためには最低限必要な知識というものがあります。たとえば、老後資金を考えるためには、その計算の仕方を知らなければなりません。
 また、一生、健康でいられるのがいちばんですが、こればかりは自分の力だけではどうにもならない部分があります。
 自分の身体が動かなくなった時に財産の管理はどうするのか? 認知症を発症し判断能力がなくなった時に、それでも自分の幸せが保たれるためには事前にどのようなことができるのか? そういうこともぜひ、本書を読んで覚えていただきたいのです。
 「いざ」「もしも」の時になってからでは遅すぎます。
 頭脳も明晰な今のうちにこそ「終活」のための知識を身につけ、万全の手を打っておく。そうして幸せな老後を迎えられれば、それを見守る家族もこの上なく幸せでいられるのですから。

 さて、それではまず第1章で「老後資金」の計算の仕方から学んでいきましょう。
 お金の問題は、できれば避けて通りたいという面もあるとは思いますが、まず初めにこれをやってしまうことで、落ち着いて終活全般に取り組むことができるというものです。
 お金は足りなければ、それに合わせて支出をダウンサイジングすれば何とかなるものです。現実を見つけ対策を立て、お金の問題よりももっと崇高な精神面の終活にじっくり取り組んでいただきたいというのが私の願いです。
 そのためにこそ、計算機を片手に用意していただき、いざページをめくっていただきましょう!
                                                 丸山 学

平成23年10月上旬発売予定
最期まで自分らしく生きる 終活のすすめ


長生きがリスクとなるかもしれない時代~
これからの「不安」を「安心」に変えるために
老後資金、介護、老人ホーム、財産管理、遺言書、尊厳死の宣言書、葬儀・お墓・・・
気力・体力があるうちに始める「自分始末」の準備

著者:丸山学
出版社:同文館出版
価格:1,300円(税別)
産経新聞の記事を読むアマゾンで購入する

遺言書作成完全サポートパックへ
Copyright(C)2011 株式会社丸山事務所 All rights Reserved.